坂元暁美(上野の森美術館学芸員)

エミール=アントワーヌ・ブールデル
《力》《勝利》《自由》《雄弁》
1918-22年 ブロンズ

彫刻の森美術館に入ると、正面の広場にはロダン、マイヨール、ブールデルの大きな
彫刻が立ち並んで観客を迎えます。彼ら19世紀後半の巨匠たちの作品は近代彫刻の幕
開けを告げるものであり、美術館のコレクション全体の導入部ともなっています。

箱根の山々を背に屹立するブールデルの彫像4体はいずれも高さ375cmと巨大で、男性
も女性も戦う神々のごとく逞しく、鋭いまなざしで遠くを見据えています。

これらは、もともとアルゼンチン共和国の建国の父アルヴェアル将軍(1788-1852)
をたたえる記念碑のためにつくられた像です。首都ブエノスアイレスにある《アルヴェ
アル将軍の記念碑》の中央の高い台座の上には将軍の騎馬像が掲げられ、その台座の
下方四隅に置かれたのが、《力》、《勝利》、《自由》、《雄弁》と名づけられたこ
れら4体の像でした。仏像にも、お寺の堂内で帝釈天や仏壇を護ってその四方に置か
れる四天王の像がありますが、この4体の配置もそれに似ています。

ブールデルは将軍をたたえる徳を4つの人物像にあらわしました。持ちものや身につ
けるもの(アトリビュート)がそれぞれの像の特性を象徴しています。すなわち、
《力》はライオンの毛皮を身にまとい、《勝利》は剣と盾を、《自由》は樫の木を、
《雄弁》は巻物を持っています。

ブールデルはこのようにヨーロッパの伝統的な寓意像に倣いながら、造形面ではアル
カイック彫刻のような簡潔な力強さをとり入れました。しかしこうした重厚で堅牢な
記念碑的彫刻はしだいに時代の趨勢ではなくなります。近代彫刻のその後をたどれば、
モニュメントが本来置かれる場所から分離し、彫刻から台座が消え、彫刻全体のヴォ
リュームもそがれていったという歴然とした流れがあります。ですのでブールデルの
ような作家はどうしても反時代的に映りますが、制作から100年近く経過したいま、
あらためて見てみると意外に新鮮な部分もあります。それはおそらく、ブールデルが
師ロダンのように近代人の自我や苦悩を表現するのではなく、アルカイックやロマネ
スクの質実剛健な彫刻に自らの主題や造形の源泉を求めたところからくると思われま
す。その巨大さや骨太な力強さ、そして神話から得た主題などはつくられた時点です
ら20世紀初頭の「モダン」の主流とは遠かったでしょう。時代錯誤なのか時代を超越
しているのかそのきわどさが気になる存在です。

《アルヴェアル将軍の記念碑》が完成したあとで、これと同じ大きさの4人の像が何
体か鋳造されました。彫刻の森美術館は4人の像を1969年の開館直後に画廊を通じて
パリのブールデル美術館から購入しています。

ところで、アルヴェアル将軍の騎馬像のほうも「馬」だけが日本にあります。高崎市
の「群馬の森」のなか、群馬県立近代美術館の正面入口近くに置かれている《巨きな
馬》がそれです。将軍は乗っていません。機会があればぜひご覧ください。